【四字熟語の処世術】忍之一字(にんのいちじ)

 Date:2017年03月13日11時01分 
 Category:文学・語学 
 SubCategory:四字熟語の処世術 
 Area:指定なし 
 Writer:遠道重任


 年始になると目にする言葉に「万事如意」がある。本稿でも書いたことがあるのですでにお読みになったことがあるかも知れない。よろずの事々が自分の思うようになるという意味だが、そんなことはそうあるものではない。いや、人の世は概して自分の思い通りにはいかないものである。

 人生山あり谷あり…昔は結婚式の披露宴でよく耳にした言葉だ。叔父の口癖でも有ったから、親族の結婚式では良く聞かされた。挨拶を頼まれると必ずこの言葉を言っていた。参列者の多くは聞き慣れたフレーズにさして心にも止めず聞き流していたように思う。またか、と笑いがこぼれていたのも思い出す。贈られた新郎新婦側も同じであったろう。

 しかし、たしかに人生とは山あり谷ありである。結婚はゴールではなく、間違いなく荒波の航海に旅立つ船出なのだ。いつも順風満帆なはずはなく、荒波に飲まれてしまってあわや沈没という出来事にも遭遇する。人生の先輩方からみればたわいないことでも、若き二人にとっては目の前にある山はとてつもなく高く、絶壁の岩肌に見えるものだ。恋愛中は見えず気づかなかった相手の嫌な部分が、一緒に暮らす内にまるで霧が晴れるように見えはじめる。そして、どうにも我慢できなくなって、すれ違いの原因、果ては別居、離婚などに発展することにもなりかねないのだ。

 まさに結婚生活とは「忍之一字」に尽きるのではないかとさえ思える。もちろんお互い様であることは言うまでも無い。

 忍とは刃を心に突き刺すことである。もちろん、己の心にである。己の心に刃を突き刺すとは如何なる事か。それは何事も己を顧みて目の前の問題の原因を己に求めることである。誰しも自分が一番可愛いものだ。故に自分にある非を見つめようとはしない。自分を見つめれば問題だらけの自分がいる。それを見つめることは苦しく辛いことだ。故に、自分を庇おうとする本能が自分を見つめることを阻んでしまうのだろう。結果、目は内を見ずに外を見、問題の原因を外に求めてしまう。

 忍之一字…すべての物事の成功のもと、それが忍であるという意味だ。結婚生活は卑近な例に過ぎないが、人が生きて社会と係わっていく上で、忍之一字は誰もが心しなければならない言葉である。忍の字義を知り、自分自身を見つめて自分の非を知り、自分自身に刃を向ける勇気を持ち、努力を続ける自分でありたいと思う。