【四字熟語の処世術】「刹那主義」(せつなしゅぎ)

 Date:2016年05月11日13時31分 
 Category:文学・語学 
 SubCategory:四字熟語の処世術 
 Area:指定なし 
 Writer:遠道重任


 先日、久しぶりに書店に行くと「嫌われる勇気」と大書された本のタイトルに目を奪われた。サブタイトルに「自己啓発の源流、アドラーの教え」とあり、パラパラと目を通し面白そうな内容に興味を持ったが、その日は時間が無く、買わずにいた。

 数日後、友人と話しているときにこの本のことが話題となった。友人は一回では十分な理解ができず、二回も読んだと言っていた。その友人が読むなら貸してあげるというので、借りて読むことにした。

 著者は哲学者でありアドラー心理学の第一人者でもある岸見一郎氏とライターの古賀史健氏。哲学者と青年の対話を通してアドラー心理学の思想がわかりやすく描かれている。

 アルフレッド・アドラーはオーストリア出身の精神科医、心理学者。フロイトやユングと並ぶ心理学界の巨匠だと知って驚いたが、読んでみると極めて東洋思想、中でも禅の思想に近いと感じた。

 人生とは連続する刹那である。我々は「いま、ここに」しか生きることができない。われわれの生とは、刹那の中にしか存在しない。人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那である。

 アドラーは人生を線ではなく点で捉えている。実に禅の教えを聞いているようだ。高校生の頃、京都の大徳寺大仙院の尾関宗園和尚の本を読んだことがあるが、同院のホームページには「一瞬一瞬こそが大事なのであって、“これまでこんなに頑張ってきたのに”などということは何の意味もない。逆に、“来週から頑張ろうと思っている”などというのも同じことだ。人生は、今・ここ、での上映であり、リハーサルもない。タイムリミットもまた、今・ここ、である。それが、生命の構造なのだ。」と昔と変わらぬ和尚の教えが載っている。

 刹那主義…過去や将来のことを考えないで、ただ現在の瞬間を充実させて生きればよいとする考え方と辞書にある。「今さえ良ければ…」のように、悪い印象として使われることが多いが、元は仏教の教えで、前世や来世を尋ねる弟子に釈迦が「今、この刹那を大事に生きよ」と教えたことに由来している。一瞬一瞬を大事に生きる、生ききるということだ。

 よく「悔いの無い人生」という言葉を耳にするが、悔いの無い人生とはどのような人生なのだろうか。人生に目標を持ち、それが明確であればあるほど、中途で命の灯が消えてしまえば後悔しか残らない気がする。しかし、目標に向かって走る、一瞬一瞬、すなわち連続する刹那を生ききることができていれば、後悔という言葉は無縁なもののようにも感じる。目標に到達することも大事だが、目標に向かっている途上こそが人生そのものだからだ。

 釈迦の深奥なる教えはもとより、アドラー心理学もよく理解できないでいる凡夫ではあるが、一瞬一瞬を生ききるという、いい意味での刹那主義を実践していきたいと思う。