【街景寸考】尻ふき紙のこと

 Date:2023年08月02日09時05分 
 Category:エッセイ 
 SubCategory:街景寸考 
 Area:指定なし 
 Writer:大昭寺いさじ
 我が家で使っているトイレットペーパーは、2倍巻きシングルのロールである。シングルは超薄く作られているので、うっかりペーパーを十分巻き取らずに尻を拭くと、中指がペーパーを突き破って肛門に達してしまうことがある。

 更に、特にロールの使い始めのときは、巻きの多い状態で引っ張るのでちぎれ易い。ちぎれないよう慎重に引っ張ろうとしてもちぎれを繰り返して、イライラすることたびたびである。ミシン目があるにはあるが、シングルの場合は何の役にも立っていない。

 我が家もかつてはダブルのロールを使っていたことがあった。ダブルで拭き取っていたときの柔らかい感触は爽快だった。それに、無造作にペーパーを引っ張ってもちぎれることはなかった。いつの間にかシングルに替わったのは、親子6人でダブルを使い続けるのが分不相応だとカミさんが判断したからに違いない。

 とは言え、昔のことを思えば尻拭き紙は随分改善されてきた。わたしの幼い頃は、古新聞を適当な大きさに切って尻を拭いていた。そのまま使うと拭き難く破れ易いので、両手でよく皺くちゃにし、柔らかくしてから拭いていた。折込チラシで拭くこともあったが、拭けるのはざら紙(下級紙)で刷られたものだけであり、コート紙などは硬くて使えなかった。

 小学生の頃、学校帰りに我慢できないほどの便意をもよおすことがときどきあった。そんなときは田んぼの中にある藁塚(脱穀した稲の藁を塚状に積み上げたもの)の陰に隠れて用を足していた。ランドセルからノートを取り出して1枚だけちぎり、丹念に皺くちゃにしてふいていた。1枚だけにしたのは、それ以上使ったら学問の神様から罰を受けるのではないかという不安があったからだ。丹念に皺くちゃにする必要があったのは、ノートの紙質が新聞紙に比べて硬かったからだ。

 そう言えば、小学5年生のある夏の日のこと。外で一緒に遊んでいた友達が、突然重大発表でもするかのような顔をして、「キャラメルを包んでいる紙1枚でケツを拭く方法を知っとるか」と言ったことがあった。

 にわかに信じられなかったが、彼はポケットからキャラメルを取り出して実演して見せた。まず、小さなキャラメル紙に切れ目を作り、その切れ目に中指を通してその指先で便を拭き取るような恰好をしたのである。そして最後に、便の付いた中指を包み込むようにして左手で下から拭いとるという方法だった。

 彼は「ほら、こうすれば拭けるやんか」と言って得意げな表情をしていた。この奇抜な方法をわたしは掛け値なしに感心していた。これだったら傍に紙がなくても大きな葉っぱがなくても、何とか拭くことができる。便が多少中指に絡みつくが、臭いと汚れを最小限に食い止めることができる。いつか自分もこの方法で尻を拭いてみたくなったほどだ。 

 実は、この原稿を書き終える頃、大便に行ったら前日までシングルだったロールが、偶然ダブルに替わっていた。カミさんに聞くと、「3倍巻きで経済的だから」ということだった。この安売りがしばらく続くことをわたしは密かに願っていた。